2012年6月2日土曜日

数学部の思い出

一昨日、結城浩著「数学ガール/ガロア理論」を購入しまだ読んでないが、昔のことを思い出した。個人的なメモとして残しておく。

 私は中学高校6年間は寮生活を送っていた。一貫教育の学校に入っていていたためそれが中学時代か高校時代かも覚えがないのだが、スポーツも特に好きでなく基本的には帰宅部のようなものだった。それでも短期間だが2つのクラブ・サークルに関わった。
当時アップルⅡやPC-8001が発売されたばかりで、コンピュータ系のサークルが当時まだなかったので、寮の友人(淡路島出身)とコンピュータを少し知っている先生を巻き込んで新しくサークルを創立した。当然学校にはPCが1台もなく、代わりに親に買ってもらったポケットコンピュータを使ってのサークル活動だった。私としてはとにかくプログラムが動くだけで楽しい時代で無目的に遊んでいるだけだったので、友人と意見が合わず結局あまりサークル活動らしいことはしなかったと記憶している。ホームページによるとその後もそのサークルが残っていて、今ではプログラミング全国大会に出場して優秀な成績を残しているそうだ。
 もうひとつは、多少の問題があるかもしれないが既に時効になっているので書いておく。クラブの名前は「数学部」である。ある日、寮の悪友(尼崎出身)が部屋に来て私に言った。「サークル活動じゃ学校からお金が出ないんやけど、クラブ活動やったら毎年お金がもらえるらしいで。数学部はいまメンバーがおらんから、オレが部長になる。お前は数学ができるから部員になれ。活動なんかせんでええ。予算を山分けにして小遣いにしようや。」数学はできないが悪知恵だけははたらく友人である。私も「なんもせんでええんやったら」と思って部員になった。
 実際に部員になり部の予算が分かったが、たしか年間でたった3千円か5千円ぐらいだったように記憶している。(ジュースの一本ぐらいはおごってもらったかもしれないけど、)その金は当然悪友の懐に入った。それで終わりだったらまだ良かったのだが、後から判明した事実があった。それは文化系のクラブの場合に文化祭で出展する必要があるということである。それも、文化祭の3日ほど前にである。各クラブごとに教室をひとつ借りてそこに出展するのだから、それなりにテーマを決めて展示をしなければならない。時間もないし知識もないので、図書室にあったガロアの本(ブルーバックスだったかな?)を元にガロアをテーマにすることになった。とりあえず、僕は画用紙にマジックでその内容を書き写すことにしたのだが、文字だけの展示だと地味すぎるということで悪友はまたひとつひらめいたらしく、「そや。美術部に顔だけの石膏像があったやろ。あれを持ってきて「ガロア」って書いて貼っておこう。」ということになった。たしかギリシャ時代のヒゲモジャの中年男性の石膏像だったはずだが、まあいいだろうということで、美術室に借りに行き、教室の入口近くの机に仰々しく黒い布を引いてその上に石膏像を置き、悪友が紙に「ガロア」と大書した。数学部としてはこの石膏像を展示の中心に持ってきたのである。
 ところが文化祭ギリギリになって判明したのは、ガロアが20歳で夭折しているということだった。ショックだった。石膏像はどうみても20歳の天才少年からはほど遠いではないか。いまさら石膏像をどけるわけにも行かず、そのまま文化祭は執り行われたのだった。結果的にはマイナーな数学部の展示にはほとんど誰も来ず、たまに見に来た先生もガロアの石膏像には目もくれていなかった。幽霊部員ならぬ幽霊クラブの二人としては安堵したのだった。

 さて、これから「数学ガール/ガロア理論」をきちんと読もう。クラブ活動の一環として。

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