2014年4月2日水曜日

raspberry pi にmosquittoクライアントをインストールして動かしてみる

やりたいこと

  • ここでMQTTブローカがEC2インスタンスで動かしたので、次はmosquittoクライアントをraspberry piにインストールしてみる。
手順
  1. raspberry piにsshで接続する。
  2. sudo apt-get -y install libwrap0-dev libssl-dev
  3. wget http://mosquitto.org/files/source/mosquitto-1.2.3.tar.gz
  4. tar zxf mosquitto-1.2.3.tar.gz
  5. cd mosquitto-1.2.3
  6. make
  7. sudo make install
  8. sudo ldconfig
テスト
  1. which mosquitto_sub
  2. これと同じやり方で、mosquitto_subのみraspberry piで実行してうまくいきました。
結果
  • 今回ソースコンパイルから実施したのはmosquittoクライアントが必要なためでした。http://mosquitto.org/download/で提供されているraspberry pi用のパッケージにはクライアントが含まれていなかったので。

今から3分でMQTT Broker mosquitto をAmazon Linux/CentOSで立ち上げる。

やりたいこと

  • mosquittoでMQTTブローカを立ち上げてみる。
  • EC2のAmazonLinux(またはCentOS)を使用する。(事前に作成しておく。Vagrantとかで)
  • テストは手元のWindowsのmosquittoクライアントを使用する。
手順

  1. EC2のSecurityGroupを作成し、IncomingのTCP1883とUDP1883を許可
  2. 作成したSecurityGroupをEC2インスタンスに割り当てる
  3. sshでログインしてrootにsuする。
  4. cd /etc/yum.repos.d
  5. wget http://download.opensuse.org/repositories/home:/oojah:/mqtt/CentOS_CentOS-6/home:oojah:mqtt.repo
  6. yum update
  7. yum install mosquitto
  8. /usr/sbin/mosquitto
テスト

結果
  • これでブローカ環境ができました。
  • MQTTポート番号を1833だと勘違いしていたために1.5時間かかりましたが、、。

2014年3月19日水曜日

続き:MQTTサーバ(PUB)とMQTTクライアント(SUB)での通信を3分で実行する

やりたいこと

  • これのつづき。
  • こんどはサーバ(Publisher)とクライアント(Subscriber)で通信しよう。
手順

  1. Windowsでコマンドプロンプトを2つ開き、それぞれで「cd c:\program files (x86)\mosquitto」
  2. クライアント側:mosquitto_sub -h test.mosquitto.org -t "tes/test01" -v
  3. サーバ側:mosquitto_pub -h test.mosquitto.org -t "tes/test01" -m "TEST MESSAGE!!"
  4. クライアント側でメッセージが表示された。
結果
  • 動いた。
  • クライアント側は待ち続けるわけですね。
  • 3者(publisher,subscriber,broker)の役割分担が理解できた。
  • 今のところプログラムを書いてない。予想以上に簡単。
  • あ、、test.mosquitto.orgを使わなくても自分でbrokerを立ち上げればいいのか。。

仮想OS立上げのためのBIOS設定(Virtualization TechnologyをEnableに変更)ができない事案(未解決:情報求む)

問題

  • VirtualBoxから仮想OSを立ち上げようとしたらエラーとなる。
  • 「ホストマシンの仮想化支援機能(VT-x/AMD-V)が使用できません。64ビット ゲストOSは64ビットCPUを検出できず、起動できません。」
詳細
  • Lenovo ThinkPad X1 Carbon
  • Windows7(ただし、Windows8プレインストールモデル)
  • Biosは最新(2014/2)
原因
  • どうやらBIOSに問題がありそう。
  • このエラーメッセージが出る症状はよくあるが、通常はBIOS設定でVirtualization TechnologyをEnableに変更すれば良い。(変更した後にシャットダウンして、電源抜いてやる必要があることも。)
  • ただし、今回問題が起きているPCではVirtualization TechnologyがDisableのままで、Enableに変更できない。
  • このような事象が報告されている事例が1件あった。(ここ)でも、解決策が書かれていない。
結局BIOSが更新されるのを待つしかないのかも。。

今から10分以内にMQTTクライアントをWindows環境で動かしてみる

やりたいこと
  • MQTTクライアントを手元で動かしてみる
  • 手元のPCはWindowsPC
  • 今から10分以内
  • mosquittoのテストサイトをサーバとして使用
手順
  1. ここからmosquittoのWindows版をダウンロードしてインストール
  2. コマンドプロンプトを立ち上げる
  3. cd c:\program files (x86)\mosquitto
  4. mosquitto_sub -h test.mosquitto.org -t "#" -v
結果
  • とりあえず動いた。
  • インターネット越しにポート1883のコネクションがちゃんとつながっている。
  • でもプロンプトが返ってこない。

2014年1月4日土曜日

raspberry pi を持ち歩きたい(EMOBILE Pocket Wifi GP02を使用して)

やろうとしていること

  • Raspberry Piを持ち歩くこともあるだろうと思うので、環境を準備する。
  • RPiの操作はノートPCから行う。RPiの電源供給もノートPCのUSBから。
  • ネットワークはEMOBILE Pocket Wifiを使用する。現在持っている機種はGP02。

設定方法のメモ

  • RPiにRaspbianをインストールする。(2013-12-20を使用)
  • RPiにまず通常のルータを使用した無線LAN設定をする。(Desktop上のWifi Configから設定した後、以下は手修正)
(/etc/network/interfaces)
allow-hotplug wlan0
iface wlan0 inet dhcp
wpa-conf /etc/wpa_supplicant/wpa_supplicant.conf
  • 次にEMOBILEの設定を追加する。(こちらもDesktop上のWifi Configから設定した後、以下は手修正)
(/etc/wpa_supplicant/wpa_supplicant.confの追加したnetwork内に以下を追加。ただし、これは自分のEMOBILEがブロードキャストしていなかったから。通常は不要かもしれない。)
       scan_ssid=1

使用時の注意事項

  • EMOBILEではDHCPでIPアドレスを割り当たるのでIPアドレス固定化できない(はず)。それで、最初は有線LANで接続した状態でEMOBILE接続をして、有線LANのIPでssh接続して、EMOBILEで割り当てられたIPアドレスを調べながらやった。割り当てられるIPアドレスは10.121.171.2-6のいずれかなので、すべて試してもよい。
  • はまるかもしれないのは、使用するノートPCとEMOBILEの接続はWifi接続ではなく、USB接続である必要があること。無線LANで接続した端末同士ではパケットが通らず、USB接続した端末からは他の端末にパケットが通るので、RPiに接続して操作ができた。(EMOBILEの仕様なんでしょうね。USB接続だけでもパケットが通ったので良かった。GP02以外の機種はどうなんでしょうか。。)

2013年2月8日金曜日

Powershellで祝日一覧の表示

PowerShell覚え書き

背景

ちょっとした作業をスクリプト化する場合に祝日の情報が欲しくなることがあります。簡単なのでやってみますた。

お題

google calenderで2013年と2014年の祝日を出力する。

$google_calender_holiday_uri="http://www.google.com/calendar/feeds/japanese@holiday.calendar.google.com/public/full-noattendees"
$query="start-min=2013-01-01&start-max=2014-12-31&max-results=1000"

$xml=[XML](New-Object System.Net.WebClient).DownloadString($google_calender_holiday_uri + "?" + $query)

$xml.feed.entry|%{ $_.when.starttime + ":" + $_.title."#text"}|sort

    


結果


2013-01-01:New Year's Day
2013-01-14:Coming-of-Age Day
2013-02-11:National Foundation Day
2013-03-20:Vernal Equinox
2013-04-29:Showa Day
2013-05-03:Constitution Memorial Day
2013-05-04:Greenery Day
2013-05-05:Children's Day
2013-05-06:Public Holiday
2013-07-15:Marine Day
2013-09-16:Respect for the Aged Day
2013-09-23:Autumnal Equinox Day
2013-10-14:Health and Sports Day
2013-11-03:Culture Day
2013-11-04:Public Holiday
2013-11-23:Labour Thanksgiving Day
2013-12-23:The Emperor's Birthday
2014-01-01:New Year's Day
2014-01-13:Coming-of-Age Day
2014-02-11:National Foundation Day
2014-03-21:Vernal Equinox
2014-04-29:Showa Day
2014-05-03:Constitution Memorial Day
2014-05-04:Greenery Day
2014-05-05:Children's Day
2014-05-06:Public Holiday
2014-07-21:Marine Day
2014-09-15:Respect for the Aged Day
2014-09-23:Autumnal equinox
2014-10-13:Health and Sports Day
2014-11-03:Culture Day
2014-11-23:Labour Thanksgiving Day
2014-11-24:Public Holiday
2014-12-23:The Emperor's Birthday


メモ

3年分ぐらいあるみたいだ。

2012年12月4日火曜日

子育て日記:エバーチェンジング興味

 長男の最近の興味は昆虫と組み立て系だ。少し前までのあの戦隊モノブームは1年で消滅しつつある。
 今年の夏にカブトムシを飼ってクワガタムシを採って、それ以来昆虫図鑑を毎日のように読んでいる。もう冬だから虫がいないのに、、。来年の夏までには一旦消失して、また復活する可能性が高いと見た。
 あと、レゴとか何かを組み立てるのは好きみたいだ。2〜3歳の頃はブロックとか積み木とかにほとんど興味を示さなかったのに、いつの間にか最近は放っておくとレゴで武器を作ったり、乗り物を作ったりして遊んでいる。
 僕も小学生時代は昆虫も組み立ものも大好きだったし、やっぱり男の子は自然にそうなるんだろうか。不思議な感じがする。
(あ、次男はもちろんお兄ちゃんのマネをしてレゴで遊んでいる。食べものが大好きなこと以外は長男と路線は同じ)


2012年11月4日日曜日

なぜExcelの条件付き書式は分かりづらいのか考えてみた。

 仕事でExcelを使い始めてからかれこれ15年以上になろうか。ちょっとしたデータのまとめ(計算と資料化、視覚化)には日常的なツールとして最も利用頻度が高いのだが、条件付き書式だけは使い慣れない。そう、偶数行と奇数行を塗り分けたり、完了したタスクの行だけ灰色にしたりする「あの機能」である。
 日常的に使う機能ではないものの、少なく見積もっても年に5〜6回は使うし、それだけやってれば自然に覚えられるはずが、毎回うまく動かずネットで答え探しをすることになる。シェルスクリプトとか他のスクリプト言語の場合、使用頻度はもっと少ないが身体に染み込んでいるのかあまり苦労することがない。
 なぜExcelの条件付き書式は分かりづらいのか?
・表計算ソフト特有の「表面的に見えるデータ」と「裏で持つ式や書式」の相違が直感的にわかりにくいこと。
・関数の場合は、インプットとアウトプットが明確なので頭で理解しやすいが、条件付き書式はインプットの範囲とアウトプットの範囲がわかりにくいこと。
・そもそも表計算ソフトはシート全体の範囲が不明確で、セルという最小単位でデータを扱うこと。入力データを総体として扱いたくても、結局入力したデータのセルを利用者が識別しながら個別に扱うしかできないこと。
→だから仕様書作成ツール、文書作成ツールとして使うような不思議な人達がいるのであろうか。

2012年10月4日木曜日

映画「スケッチ・オブ・ミャーク」を見た

 今日は朝から健康診断で午後はお休みだったので、東京都写真美術館で映画を見てきた。「スケッチ・オブ・ミャーク」という沖縄の宮古島の伝統的な唄を主題にした音楽ドキュメンタリーでした。
 この映画の目的は後継していくのが困難な状況にある宮古島の音楽をなるべく有りのまま残すこと、またその音楽を世の中に知ってもらうことです。これら二つのねらいは見事に達成されていると思います。
 音楽を文字で表現して伝えることは難しいのですが、北米のゴスペルとブルース(70年ぐらいまで?)のような生活と切り離せない土着の音楽といった印象を持ちました。ライ・クーダーが沖縄本島より南に行ったような感じとでも言えばいいのか。
 とても良くできたドキュメンタリーなので、伝統音楽の紹介でありながら、決して見るものを飽きさせない趣向が音楽的にも映像的にも凝らされています。

2012年10月3日水曜日

島田和夫さん急死

解散した憂歌団のドラマーだった島田和夫さんが昨日お亡くなりになりました。
大学時代にはなんどか憂歌団のライブは見に行きましたが、近所のお兄ちゃんたちが奏でるブルースは身近な存在でありながら心が震えるバンドでした。いつでも再結成してくれそうな期待をしてたからショックですね。
私にとっては大阪の誇りの一つだった憂歌団。木村のボーカルだけでもダメ、勘太郎のギターだけでもダメで花岡、島田の4人でボチボチゆるーくやってる雰囲気が良かったということか。今にして思えば。合掌。

2012年8月25日土曜日

筒井康隆著「旅のラゴス」を読んだ。濃厚傑作一人旅小説。

 1986年刊行の筒井康隆のSF小説。文庫本で約220頁。主人公ラゴスの50年に渡る旅行記。
 初めて読んだが傑作であることは間違いない。文章が必要十分な情報のみから構成され、余計な説明や描画がない、とても濃厚な小説である。これまで読んできた小説が国語の教科書だとすれば、この小説は数学の論文と思わせるレベルのドライで引き締まった文章である。
 また、SF小説に分類されているが、サバイバル、冒険、旅、人類史、など様々な要素が詰まっている。強いて言うならば「旅に人生をかける男の小説」という感じか。一人旅の経験者には迷わず推薦できる。
 筒井康隆の小説をよく読んだのは高校生時代で最後に読んだ「パプリカ」以来の約20年ぶりだったが、こんな本に遅ればせながら出会えてラッキーだったと思う。他の本も読みなおして見よう。

2012年8月15日水曜日

アメリカ出張(1996/08-09)

記憶の断片

テーマ

はじめての海外出張でカリフォルニアに行った。アメリカ本土訪問は4度めだった。

時期

1996年8月15日頃〜9月5日頃。当時私は29歳。

覚えていること

  • 夏休みの帰省中いきなり当時の部長が実家に電話してきて「夏休み明けからシリコンバレーに研修に行ってもらう。」と連絡があった。目的はデータウェアハウス用のDBMS製品の研修に出て技術を習得し、日本で評価すること。
  • 私はデータウェアハウスについて全く知識がなかったので行きの飛行機の中で資料を読んでいる状態だった。「こんな状態でしかも英語の研修なんてわかるはずないのに、、」と思っていた。
  • 同行したのは、入社当時からの関西弁の上司と別部署の先輩の二人。関西弁の上司には滞在中に相当振り回された。というか、時差ボケに付き合わされて真夜中にテープレコーダー片手に研修内容の復習会をするのは正直やめて欲しかった。しかも、結局「昼間聞いてわからんことは夜聞いてもわからん!」とのことで、夜中にさみしがりやの上司の付き合いをしているだけであった。(この製品は評判が良くてその後にけっこう本格的なビジネスになったが。。)
  • 研修先の会社があったのは、ロスガトスという住宅地で、ロスガトスロッジというホテルに滞在した。研修先の赤レンガの建物までは毎朝徒歩で移動した。
  • 英語での研修は、約2週間ちょっと続いた。最初の2日ぐらいは営業向けのトレーニングで、とても早口の英語でついていけなかった。ただし、後半は技術者向けのトレーニングで英語がわからなくても、やっていることはあまり難しくなかった。(一番わからなかったのは、マシン実習の際に口頭で伝えられたアカウント名とパスワードだった。これを英語で尋ねるのが一苦労だった。情けない。)研修にはアメリカ東海岸やメキシコ、ヨーロッパなどいろいろな国の人が参加していたが、技術系の人は国籍に関係なく同じような内気な雰囲気を持っていることが印象的だった。
  • 研修会場には常時コーヒー、パン、クッキーなどがあり、いつでもつまんでも良いというのがとてもアメリカ的でカリフォルニア的だった。
  • 研修の合間に会社の研究所に立ち寄って同期の友達に会ったり、スタンフォード大学に行ったりして少し楽しいこともあった。
  • 小学校の時に訪問したロスアンゼルスの友達の家に電話してみたらお母さんが出て友達はサンディエゴの海軍で働いているとのことで、週末にサンディエゴに飛んだ。野球を見に行って、駐車場でバーベキューをした。さらに友達が仕事をしている時間帯に国境を超えてメキシコのティファナに数時間行ってみた。ティファナは物騒な雰囲気で、裏道を歩いていたら私の前にいた青年がいきなり若者二人にハガイジメにされた財布を抜かれていた。この時はさすがに驚いた。ティファナはアメリカの若者がハメを外しに行く場所(メキシコは20歳から酒が飲めるが、アメリカは21歳からという理由で)で観光するようなところではないと知ったのは後のことだった。
  • そういえば、タイガー・ウッズという天才ゴルファーがもうすぐプロデビューするとのことで話題になっていたのを思い出した。ドジャースにいた野茂投手も当時はホットな話題だった。
1:アメリカ合衆国 〒95030 カリフォルニア ロス・ガトス ロス・ガトス=サラトガ・ロード 50
2:アメリカ合衆国 カリフォルニア サンディエゴ
3:メキシコ バハ・カリフォルニア ティフアナ
4:アメリカ合衆国 〒95030 カリフォルニア ロス・ガトス ロス・ガトス=サラトガ・ロード 50

2012年8月14日火曜日

カリフォルニアの夏休み(1978/07-08)

記憶の断片

テーマ

小学3年生ごろアメリカから一人転校してきた。近所に住んでいたこともあり仲が良くなったが、その後けっこうすぐに帰国してしまった。5年生の時に夏休みの40日間ずっとアメリカにいた。

時期

1978年7月20日頃〜1978年8月30日頃。当時私は11歳。

覚えていること

  • 初めての海外で見るもの聞くこと全てが目新しいことばかりで、カリフォルニアのスカッとした気候は喘息持ちの私にもすぐに慣れることができた。気候的には私がこれまで体験した中で、カリフォルニアが1位、大連が2位だ。
  • 友達の家にいるときはほぼ毎日レドンドビーチで泳いでいた。毎日飽きもせず海で泳いだり、カニをつかまえたり、とにかく楽しかった。
  • 当時まだ日本で上映する前だった(かな?)スターウォーズをドライブインシアターで見て感激した。友達に通訳してもらっていたが、英語なんてわからなくても十分に楽しめた。
  • アメリカ特有のゴムのような菓子やはじけるキャンディーなどもの珍しいかったが、これが食べ物??という違和感の方が強かった。
  • YMCAのキャンプに4〜5日ぐらい参加したが、東洋人は僕達だけでまわりの子供達やリーダーから珍しがられた記憶がある。
  • 旅の途中で家族と合流してラスベガス・グランドキャニオンに行った。グランドキャニオンに行くときのセスナが怖かったこと!
  • なんかサンフランシスコで金門橋を見た記憶もある。フィッシャーマンズワーフで食事した。
  • ロサンゼルス在住の友達とはその後私が社会人になって1996年にサンディエゴで再開をはたした。お調子者の山下くん元気にしてるかな。

1:アメリカ合衆国 カリフォルニア ロサンゼルス
2:アメリカ合衆国 ネバダ ラスベガス
3:アメリカ合衆国 〒86023 アリゾナ Grand Canyon,, Village Loop Rd, Grand Canyon
National Park, グランド・キャニオン国立公園
4:アメリカ合衆国 カリフォルニア ロサンゼルス
5:アメリカ合衆国 ハワイ ホノルル

2012年8月12日日曜日

中国東南部の旅(1996/12-1997/01)

記憶の断片

テーマ

96年の年末にひょんなことから(当時の部長の命令で)2週間も休みを取らされた。急だったので、以前北京を訪れて印象の良かった中国に行って見ることにした。

時期

1996年12月20日〜1997年1月3日。当時私は29歳。

覚えていること

  • ほぼ何も覚えていないが、インドのような刺激的な旅ではなかった。日本人旅行者とも全く会わなかった。
  • 外国人として周りからジロジロ見られたり、気を使ってもらったりすることが全くなかったのは初めてのことだった。中国語が喋れなくても全く外国人と思われないのが不思議だった。旅行中はすべて筆談で事足りた。
  • 温州で現地の民宿みたいなところに格安で泊めてもらうことになったが、部屋に入ってから外国人であることがわかり、外国人向けの営業許可がないから泊められないと謝られた。なんていうか、普通に日本人同士なんかと同じ感覚でコミュニケートできることがわかる。
  • 不思議なぐらい何を食べたか覚えていない。まずかったこともないのだが、取り立てて美味しくもなかったんだと思う。(中国南方の食事は僕の好みじゃないのかも。)
  • 厦門はなんだか暑く、埃っぽい都市だった。
  • 2回めの中国はこんなものだったが、2000年の秋から仕事で頻繁に北京や上海などを訪れるようになり、どんどん中国への印象が良くなっていった。
1:中華人民共和国 上海
2:中華人民共和国 浙江省 寧波市
3:中華人民共和国 浙江省 温州市
4:中華人民共和国 福建省 福州市
5:中華人民共和国 福建省 廈門市
6:中華人民共和国 上海

2012年8月8日水曜日

シベリア鉄道の旅(1990/7-8)

記憶の断片

テーマ

ほぼ記憶の彼方にあった旧ソビエト連邦の旅を思い出してみる。シベリア鉄道で一緒だった日本人とか誰かに見てもらえることはほぼないだろうが。

時期

1990年7月下旬〜1990年8月中旬。当時私は23歳。

覚えていること

  • それまでアメリカしか行ったことがなかったが、初めてついたアジアの街は北京だった。空港を出て市内に出るタクシーの中で白樺林を見ながら妙に親近感を覚えた。直感的にこの街に自分は何か縁があると思った。予想は的中して2004年から北京駐在になったわけだが。
  • シベリア鉄道(北京〜モンゴルのルート)の食堂車は中国、モンゴルではご当地の食にありつけて悪くなかったのだが、ソビエトに入ると毎日ボルシチと酸っぱいパンばかりでいい加減いやになった。
  • 当時のソ連は末期の時代で激しいインフレと物不足でどこの街に行っても買い物のために市民が行列をなしていた。
  • たしかヤロスラブリでだったと思うが、街で行列に出くわしてロシア人に紛れて買ったヨーグルトと牛乳の中間の飲み物はうまかった。ちょっと舌がしびれる感じで絶妙だった。暑い国では飲むのはヤバそうだが。
  • 外国人は特別な通貨を使うために激しく物価が安かった。また、外国人が泊まるホテルにはなぜかモノがあふれていて、たらふく食べてウォッカを飲んでも150円ぐらいしかかからなかった記憶がある。
  • ロシア人には英語は通じなかった。モスクワでブルース好きの青年と話をした記憶がある。
  • サンクトペテルブルクではエルミタージュ美術館を見た。ピカソの絵を独り占めしたり、すごく贅沢な空間だった。でも、なぜか道路には信号がなく、道路を渡るのは命がけだった。(2004-2008年に住んでいた中国よりもはるかに危険だった。)

1:中華人民共和国 北京 朝陽区
2:モンゴル ウランバートル
3:ロシア イルクーツク
4:ロシア クラスノヤルスク地方 クラスノヤルスク
5:ロシア ケメロヴォ ノボクズネツク
6:ロシア ノヴォシビルスク ノボシビルスク
7:ロシア キーロフ ヤロスラブリ
8:ロシア モスクワ
9:ロシア サンクトペテルブルク
A:イギリス ロンドン

2012年7月27日金曜日

owari no kisetsu: レイ・ハラカミ一周忌

レイ・ハラカミ氏が突然お亡くなりになって今日で1年になる。
 生前に氏の音楽を熱心に聞いていたわけではないが、yanokamiで初めて聞いた時に受けた時のショックは大きかった。お亡くなりになった後に数枚のアルバムを買って聞き、あの時にうけたショックが何だったのかと考え、氏の音楽を聞くたびにやはり同じ衝動が続いているのでここに書き綴りたい。
 テクノや電子音楽についてはほとんど知識がなく、またアンビエント音楽とか前衛的な音楽についてもほぼ全く知識がないので、彼の音楽がどこまでがオリジナルなのか全くわからない。だが、個人的な感想としては、氏の音楽の印象は以下のとおりある。

1.リズムにワクがない
 氏の音楽はまずリズムを捉えるワクが異なるように思う。私が従来主に聞いてきた音楽であるブルース、R&Bからソウル・ミュージック、ロックやジャズ、ブラジル音楽など多種多様な音楽(うた)には基本的にリズムを形作る要素がどこか固定化されている(ドラム、ベース、リズム・ギターなど)のだが、氏の音楽の場合はそこに全くワクがない。これは氏がソロで作品を作っていることによるものかもしれないが、逆に私の聞いてきた音楽ではソロの場合に限ってリズムのワクがほとんど固定化されてしまっている傾向があった。また、リズムのワクがないにもかかわらず、音楽の流れを作るリズムはキープされており、奇をてらった前衛音楽のような音楽をぶつ切りにしてしまうこともない。だから、集中して音楽を聞く場合も「ながら聞き」のときでも常に心地よいように感じることができる。
2.メロディとフィルの振れ幅が大きい
 氏の音色は独特のクスミを帯びた陰影を感じさせるもので、私の大好きなジム・ホールのギターの音色を思い出させる。マッチに灯った火のように境界線が曖昧なボヤッとした感覚と煌めく炎のようなキラキラとした感覚の両方を感じさせる。また、メロディやフィルは時にオモチャのようなチープさを散りばめつつ、根幹には浮遊感という衣をまとった芯の強さ(時には厭世的だったりシニカルだったりもする)を持っている。つまり、リズムの上にのっかる部分はカラフルで巨大な振り子のように常に安定感を保ちつつ常に変化し続けるのである。

 つまるところ私にとってレイ・ハラカミ氏の音楽は、モノクロ映画のような既成の音楽のワクを完全に取っ払い、異なる次元で奏でられる未来の音楽を覗き見せてくれるタイムマシンのように感じる。そういう意味ではレイ・ハラカミは時を超越してしまったのだから1回忌なんてどうでもいいことか。

2012年7月24日火曜日

制約を楽しもう

人間というものはセルラーオートマトンみたいなものである。あるルールに従って物質が取り込まれ、化学的に変化し、排出される。あるルールに従って移動する。それ以上でもそれ以下でもない。コンウェイのライフゲームより少しルールが難しいかもしれないが。
 また、人間はなんだかんだ言ってもルールが好きな生物で、OSIのネットワーク階層モデルよろしく物質のルールの上に生物学的なルールや道徳的ルールや社会規範的ルールや親しい人間観の暗黙のルールのようなものまで作ってしまっている。
 なんだかちっぽけなセルラーオートマトンの上で、ちっぽけなルールを組み上げているだけなんだから、あまり物事がうまくいかないからといって真剣に悩む必要はないように思う。
 色々な制約を楽しもう。

・給料という制約
・小遣いという制約
・歳をとって物忘れが多くなったという制約
・子育てという制約
・何を食べてもあまり美味しくないという制約
・なにか最近目がよく見えないという制約
・ギターが上手に弾けないし、練習する時間もないという制約
・世の中のためになっている気がしないという制約
・牛丼屋が近所にないという制約
・海外に行きたいけど最近機会がないという制約
・忌野清志郎や高田渡が既にこの世にいないという制約
・肩と腰が痛いという制約
・プログラム言語を覚えてもすぐに忘れるという制約
・嫁さんに優しく接しなきゃと思う制約
・人一倍よく眠る家系だという制約
・ビールが飲みたいが、日常的に飲めるのは第三のビールだという制約

2012年7月21日土曜日

子育て日記:1号は空手初昇級、2号は会話可能に

ボーズ1号(5歳2ヶ月)は1年半ほど前から空手に通っていたが、先日ようやく昇給してオレンジ帯となった。幼稚園に入る前から通わせていたとはいえ、なかなか昇給しないので気をもんでいたがついに念願の白帯脱出を達成。昇級試験そのものは礼儀や簡単な型と組手だけなので比較的容易そうだったが、これまでの1年半は長かった。最初の1年は完全に遊びに行っているつもりで、本人がまともに空手をやることがわかりだしたのが最近のことでそれから少しずつ真面目に取り組むようになってきた。スロースターターだが、まずは1歩踏み出した感じである。
ボーズ2号(2歳1ヶ月)は目覚しく言葉を覚える時期になってきた。1ヶ月前は自分の希望を伝えるだけだったのが、今週は会話になりはじめた。昨日の夕食後のデザートタイムの嫁さんとの会話。
2号 :ねえ。どうしてオカアシャンのカステラは2号のより大きいの?
嫁さん:それはね。2号がさっきヨーグルトを飲んだからよ。
2号 :オカアシャンはビールを飲んだでしょう?
まともすぎる会話に隣の部屋で聞いていた僕は笑ってしまった。2号が論理的に言い負かすようになる日も近いのだろうか。頼もしい限りである。

吉田武著「素数夜曲-女王陛下のLISP-」購入

以前から相当気になっていた吉田武の数学書の新刊が出ていたのでついに買ってしまいました。約900頁の分厚い高い本(厚さの割には安いけど)です。
大学時代から図書館でよく読んでいたダグラス・ホフスタッター著「ゲーデル・エッシャー・バッハ」の現代版といった印象で、本書の後半はLISP(方言のSchemeの実装Gauche)を使って実際にコンピュータを使って実験できるようになっています。本を読む時間がないとか、分厚い本なので本棚が重みに耐えられないとか、お金がないとか、そんなことは関係なく衝動的に神の手によって買わされたようなものです。
 さっと見た感じは色々なエピソードが散りばめられており、ある程度の数学知識と関数型言語の知識があれば最初から読まなくても途中から部分的に読んでも十分に楽しめそうな内容です。そういう意味では結城浩の「数学ガール」シリーズとは違う読み方ができるでしょう。
 よし、夏休みの宿題として8月末までに読むぞ!